信州・松本城

松本城
 
松本城に来ました。
 
ここは昨年も訪れたので、なんだか、ただいま〜って感じですね。
 
松本城
 
やはり、城の形がとても素敵です…
 
高島城も良いのですが、松本城の全体のバランスがとてもいい。
 
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万治の石仏

万治の石仏
 
ここも5年ぶりに訪れました。
 
諏訪大社下社春宮のそばにある「万治の石仏」です。
 
万治の石仏
 
前回来たときより、歩道や看板がだいぶ整備されましたね〜。
 
万治の石仏
 
石仏に至るまでに売店なんかができてて、ちょっと興ざめしますね…。
 
以前はもっと素朴な感じで、知る人ぞ知るみたいな雰囲気だったのに…
 
日本人はすぐ商売に結びつけ、売らんかなの商魂たくましい…
 
おかげで、なんだか損した気分になるな…
 
まぁ、気持ちを切り替えて…
 
万治の石仏
 
おお…
 
石仏は変わらない…
 
万治の石仏
 
相変わらずデカイ…
 
万治の石仏
 
そして奥行きがある…
 
万治の石仏
 
そして顔も長い…
 
何を考えるか… 石仏よ…
 
ということで…
 
万治の石仏もミニチュア風にしてみました…
 
万治の石仏
 
可愛らしいでしょ?
 
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諏訪の浮城 高島城

諏訪の浮城 高島城
 
5年ぶりに諏訪・高島城に来ました。
 
諏訪の浮城 高島城
 
この日も曇天
 
あまりお天気に恵まれませんね…。
 
諏訪の浮城 高島城
 
公園内の藤棚がきれい。
 
諏訪の浮城 高島城
 
お堀も大変立派です。
 
諏訪の浮城 高島城
 
まさに「お城」といった感じ。
 
このお城自体は昭和45年5月に復興されたものだそうですが…。
 
諏訪の浮城 高島城
 
中は撮影禁止。
 
資料館になってます。
 
諏訪の浮城 高島城
 
天守閣からの眺め。
 
市役所方面。 
 
諏訪の浮城 高島城
 
公園内です。
 
新緑が美しい…。
 
諏訪の浮城 高島城
 
諏訪湖方面。
 
曇天で眺望がイマイチだな〜。
 
ということで…
 
ミニチュア風にしてみました…
 
諏訪の浮城 高島城
 
おお…
 
それっぽいな(笑)
 
ミニチュアみたい!
 
諏訪の浮城 高島城
 
市役所方面もミニチュアに。
 
こんな楽しみ方もあるのね〜。
 
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小田原城 本丸 [2]

小田原城
 
いよいよ城内へ。
 
小田原城
 
階段を上ります。
 
小田原城
 
立派な石積みですね。
 
小田原城
 
結構、登りました。
 
さて… 城内は撮影禁止。
 
う〜ん、残念…。
 
最上階に行くと…
 
大竹さんも言ってたけど急におみやげもの屋が…。
 
小田原城
 
急に現実に戻された気が…。
 
さて…
 
最後のお楽しみ。
 
展望スペースへ。
 
この日は天気も良く、視界もバッチリ…。
 
小田原城
 
小田原駅方面。
 
小田原城
 
こちらは一夜城方面。
 
小田原決戦のとき、さすがに向こうの山に急に城が見えたら、驚いたでしょうね…。
 
小田原城
 
海もよく見えます。
 
小田原決戦のときには無数の船が取り囲んだということなので、そういった風景も心理的に
 
追い詰められたでしょうね〜。
 
小田原城
 
小田原の繁華街方面。
 
小田原も大きな街ですね〜。
 
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小田原城 本丸

小田原城
 
ようやく、小田原城の本丸に来ました。
 
小田原城
 
ここで撮影ができますね。
 
撮影スタンドには、北条家の三鱗と大久保家の大久保藤の家紋が表示されています。
 
小田原城
 
なかなかの壮観な構え。
 
さ〜城内へと参りますか。
 
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【小田原城】 常盤木門(ときわぎもん)

常盤木門(ときわぎもん)
 
小田原城の常盤木門(ときわぎもん)に来ました。
 
いよいよ本丸ですね…。
 
常盤木門(ときわぎもん)
 
常盤木門(ときわぎもん)
小田原城本丸の正門で、最も大きく堅固に造られていた。
常盤木とは常緑樹の意味で、門のそばにあった松になぞらえて
この名がつけられたと言われている。
市制30周年事業として昭和46年(1971)に再建された。
 
常盤木門(ときわぎもん)
 
歴史が感じられますね。
 
常盤木門(ときわぎもん)
 
整然と石積みされています…。 
 
常盤木門(ときわぎもん)
 
銅門(あかがねもん)とまた違って、こちらは、重厚な雰囲気がします。
 
常盤木門(ときわぎもん)
 
門の横にも石積みが。
 
さて…ようやく本丸に入ります。
 
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小田原城 銅門(あかがねもん)

小田原城 銅門(あかがねもん)
 
小田原城歴史見聞館を出ると…
 
大きな門が見えます。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)です。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
平成9年に復元されたそうです。
 
とても立派な構えですね…。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
櫓門(やぐらもん)の梁(はり)はマツだそうです。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
なんと質実剛健なんでしょうか…。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
柱や扉はヒノキだそうです。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
写真のように、扉の飾り金具に銅を使ったので「あかがね」と呼ぶそうです。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
立て札に書いてありました。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
城内から外に出る形ですね。
 
逆側から見てみました。
  
う〜ん… 復元したものといえ、ステキですね…。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
さらに外側から撮影。
 
いかにも「日本のお城」といった景色です。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
かつての銅門の写真が表示されていました。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
明治5年の写真です。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
明治5年に解体されてしまったのですね。
 
小田原城 銅門(あかがねもん)
 
銅門の全景です。
 
安土桃山時代の北条家の居城として有名ですが、江戸幕府265年の歴史上でも大きな存在感が
 
あったのですね…。
 
 
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北条五代

興国寺城
興国寺城:伊勢新九郎盛時(北条早雲)の始めの足がかりとなったお城
 
 
北条五代をまとめると…
  
1.早雲(伊勢盛時)−2.氏綱−3.氏康−4.氏政−5.氏直
 
となるわけですが、
 
【伊勢早雲(宗瑞)】
 
近年の研究で9代将軍足利義尚の申次衆だったそうな…
 
つまり、将軍の側近になるような出自だったってことですよね。
 
ウクレレさんの子供の頃は、「北条早雲は一介の素浪人から戦国大名になり上がった。」
 
というように紹介されてたんだけどね〜。
 
でも、そうすれば、
 
「なんで一介の素浪人に過ぎない男の妹が、今川家(今川義忠)の正室になんてなれるんだよ!」
 
という謎がとけるわけで…。
 
それと、この小田原城歴史見聞館で知ったのですが…
 
「北条早雲自身は一度も「北条早雲」と名乗ったことはない。」そうで…
 
勉強になるな〜。
 
【二代目 北条氏綱】
  
居城を相模の小田原城に移し、伊勢から北条へと姓を改めた。
 
そういう意味では、氏綱こそが後北条氏の元祖な気がするのですが…。
  
今川氏との主従関係を完全に解消して独立。
 
今川家は義元の時代、武田家は信虎の時代。
 
【三代目 北条氏康】
 
甲相駿三国同盟
 
世に相模の獅子と謳われる。
 
河越夜戦。
 
【四代目 北条氏政】
 
最大版図を築き上げた。
 
小田原の役
 
【五代目 北条氏直】
 
1590年(天正18年)小田原の役後、高野山送りとなるも、1591年(天正19年)には秀吉と対面し
 
正式に赦免となり、所領も1万石を与えられ豊臣大名として復活した。
  
「氏直死去後、氏規の嫡子である氏盛が氏直の名跡と遺領の内4,000石を相続し、
さらに慶長3年(1598年)に氏規の跡を継いで1万1千石の大名となり、
北条宗家は河内狭山藩主として幕末まで存続した。」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
知らなかったな〜。
 
小田原攻めで北条氏はことごとく滅んだと思ってたのに…。
 
北条宗家が大名として幕末まで残っていたとは…。
 
つくづく思うけど、中高生の頃は試験があるからとりあえず勉強してたけど、こうやって大人になり、
 
あらためて興味のある分野を調べなおすと、新たな発見ばかり…。
 
学生時代の歴史の勉強なんて、ほんの砂粒ほどのことしかやってなかったんだな〜と実感しますね…。
 
 
考えてみたら、平凡な無名の一庶民ですら、その人の歴史をまとめると、いろんなことが起こってて、
 
一大絵巻になるんですよね…。
 
そう考えると、今まで登場した歴史的人物を1つ1つ調べていったら、膨大な量になるわけで…。
 
そりゃ、全てを網羅するのは到底無理なわけですよね…。
 
そうなると、何をチョイスし、何をチョイスしないのか…。
 
選ぶ人のセンスや主観によって、その歴史的人物の「像」が随分変わってしまうんだな〜って
 
感じました。
 
わかりやすい例で言えば…
 
明智光秀さん。
 
全国的には「信長を裏切った」という事実のみが先行し、あまりいいイメージはないですよね。
 
でも、光秀さんが治めていた近江国(滋賀県)では名君の誉れ高い方なんですよね。
 
今はキャラクターなどと言って、その人の性格をわかりやすく一元化して、「この人はこう!」
 
と決めてしまいがちですが、人って、そんなに単純じゃないですよね。
 
機嫌のいいときもあれば、悪いときもあるし、「去年はこう思ってたけど、あることがきっかけで
 
全く違う意見になった」なんてしょっちゅうあります。
 
大好きだったものが大嫌いになることもあるし、何せ、一定ではないですよね。
 
だから、歴史上の人物をある側面だけで判断してはいけないのだな〜って思いました。
 
こんなこと、学生時代には思いもよらないことだったし、暗記するのに精一杯。
 
記憶することも大事だけど、もっと物事を考えさせるような、そんな授業をしたらどうなのだろうか…。
 
 
JUGEMテーマ:歴史

小田原城歴史見聞館

小田原城歴史見聞館
 
二の丸御殿にある「小田原城歴史見聞館」に来ました。
 
ここは、ぜひオススメします!
 
北条五代や江戸以降の小田原城などの歴史がわかりやすく展示されています。
 
小田原城歴史見聞館
 
入り口には甲冑が…
 
小田原城歴史見聞館
 
北条早雲
 
小田原城歴史見聞館
 
北条早雲自身は一度も「北条早雲」と名乗ったことはない。
 
ふ〜ん…
 
 
ええっ!! そうなの!?
 
知らなかった…
 
学校じゃ教えてくれなかった…
 
早雲先輩は、伊勢新九郎盛時という名前なんだよね…
 
それは知ってたんだけど、生前に「北条姓」を使ってたわけじゃないんだ…
 
小田原城歴史見聞館
 
これが、お父さんの伊勢盛定。
 
室町幕府の幕臣だったんですって。
 
小田原城歴史見聞館
 
それがなぜ北条を名乗ったのか…
 
展示では、関東武士を支配していく過程で、「伊勢姓」では弱い…ということらしく、
 
鎌倉時代に関東を支配した「北条姓」を名乗ることで、政権の正統性を演出したのではないか
 
とのこと…。
 
なるほど…。
 
小田原城歴史見聞館
 
考えてみたら、鎌倉や小田原は、かつては関東の政庁だったわけですよね。
 
神奈川県民としての誇りだ!
 
 
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小田原城 お堀端 学橋

画像 294.jpg
 
ついにお堀端に来ました。
 
画像 299.jpg
 
赤い橋が見えます。
 
画像 302.jpg
 
風情がありますね〜。
 
画像 303.jpg
 
「学橋」です。
 
画像 307.jpg
 
素敵な風景…
 
画像 308.jpg
 
現代の街と調和しています。
 
画像 311.jpg
 
振り返ると、近代的なビルが…。 
 
北条勢が一夜城を見て、観念したそうですが、お堀のまん前にこんな建物ができたら、
 
なんて思うんでしょうね〜。
 
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