【綾瀬市】 悲話 七人塚 【吉岡】

  • 2011.07.09 Saturday
  • 18:28
日本中に「七人塚」と呼ばれる場所はいくつかありますが、ここ、神奈川県綾瀬市吉岡にも
 
「七人塚」の伝説があるそうです。
 
江戸時代にお箸を作る職人がいました。
 
あるとき、お箸の材料である木材の調達に困り、幕府の天領である「御林」の杉の木を切ってしまい
 
ました。
 
家族を食べさせるために仕方なく御林に手を出してしまったのですが、なにせ、幕府の直轄地ですから、
 
「木一本首一つ」といわれるほど、厳しく管理されていました。
 
そのうち、職人の行為は発覚し、役人につかまってしまいました。
 
当時は連座制なものですから、本人だけではなく、家族全てが罪人として連れて行かれました。
 
いよいよ処刑されるというときに、職人一家が登った坂が「えんやこら坂」と言われているそうです。
 
村人たちは職人一家の助命を願い出ましたが、聞き入れられず、近所の済運寺の住職に助命嘆願の
 
役をお願いに行きました。
 
しかし、住職は旅に出ていて、不在。
 
使いの者を出して急遽、住職を呼び戻しましたが、結局、処刑に間に合わず、職人一家は悲しい
 
結末となってしまいました。
 
その職人一家を葬った塚を「七人塚」と呼んだそうです。
 
そんな悲話があったとは…
 
まずは、「えんやこら坂」へ。
 
七人塚
 
まさに山にむかって入るような道です…
 
夜は勘弁願いたいような道です…
 
七人塚
 
車は無理ですね〜。
 
もはや藪です。
 
こんな坂道を一家で登ったのですね〜。
 
七人塚
 
この辺が頂上付近です。
 
「えんやこら」とはならないほどの坂でしたが…
 
七人塚
 
この藪をぬけると… 向こう側は明るいですね…
 
七人塚
 
藪を抜けると、綾瀬ホームという施設がありました。
 
この辺は樹木もなくパッと開けてます。
 
伝説ではこの坂道近辺に「七人塚」があるらしいのですが…
 
特に案内板も何なく、塚らしきものもありませんでした…。
 
次に向ったのは、村人が助けを求めたお寺「済運寺」です。
 
七人塚
 
吉岡山という山号ですね。
 
七人塚
 
このお寺はかの春日局ゆかりのお寺だそうで、由緒正しいお寺です。
 
当時の住職が旅に出ていなければ… あるいは…
 
お箸の職人一家の件がいつの頃なのか、はっきりわからないのでなんとも言えませんが、
 
「春日局に縁のあるお寺なんだから、なんとかなるのではないか」と村人は考えたのでしょうね〜。
 
近辺の春日幼稚園や春日台中学校などの施設名に名残がありあますね。
 
 
JUGEMテーマ:歴史

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

recommend

recommend

百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)
百億の昼と千億の夜 (秋田文庫) (JUGEMレビュー »)
光瀬 龍,萩尾 望都
ウクレレさんが子供の時分に読んだ一書。原作は読んでないのでウクレレさんにとってはこれが原作のようなものです。広大な宇宙も実は宇宙外にある存在の実験台に過ぎないとしたら…。まぁ〜日常では全く考える必要のない事柄ですが、「SF」世界ではまさに傑作といえるでしょう…。

recommend

団地ともお 25 (ビッグコミックス)
団地ともお 25 (ビッグコミックス) (JUGEMレビュー »)
小田 扉
なんだか昔懐かしい感じのする心温まる(?)良書。ともおの、いつまでも変わらない感じがいいですね。現役小学生が読んだら、なんて思うのかな…。

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM